引き裂かれる星
近づきすぎた星をブラックホールがどう引き裂き、銀河の中心を輝かせるか
ステップごとに
星が近づく
大きな銀河のほとんどは、中心に巨大なブラックホールをもっています。天の川銀河のいて座A*は太陽の400万倍の質量です。このブラックホールは100万倍で、星を引き裂いているところを見つかったブラックホールとしては典型的な重さです。こうしたブラックホールのまわりでは星がそれぞれの軌道を群れ飛んでいて、ときどき2つの星がすれ違うほど近づき、片方がブラックホールへまっすぐ突っこむ軌道へはじき出されます。
ブラックホールそのものは、質量のわりに小さなものです。事象の地平面、つまり内側からは光さえ出てこられない面は、太陽の幅のおよそ4倍です。その重力は後ろにある星の光を曲げるので、黒い影のまわりの空はゆがんで見えます。
破線の輪は潮汐半径です。その外側では、星は自分の重力でまとまっていられます。内側では、何もそれを支えられません。
引き伸ばされる
ブラックホールは、星の近い側を遠い側より強く引きます。潮汐半径の近くでは、この差、つまり潮汐力が星自身の重力と同じくらい強くなり、星は細長く引き伸ばされます。
潮汐はブラックホールだけのものではありません。月は地球の海に潮の満ち引きを起こしますが、それは月が自分に向いた側の地球を強く引くからです。ここでは引く力が距離とともにあまりに急に変わるので、星の幅ひとつ分の差だけで、星自身の重力を上回ってしまいます。
天文学者はこれをスパゲッティ化と呼びます。落ちこむものはすべて、長く細く引き伸ばされるからです。太陽100万個分のブラックホールの場合、太陽のような星がこの点に達するのは約7000万km手前です。地球と太陽の距離の半分で、地平面よりはまだはるか外側です。
あっという間の出来事です。秒速数万kmで進む星は、潮汐半径から最接近点まで、わずか18分ほどで到達します。
引き裂かれる
何も爆発はしません。星はただ、ひとつのものではなくなるのです。ガスはもとの速さを保ちますが、各部分はブラックホールから少しずつ違う距離にあるので、少しずつ違う軌道をたどります。すれ違いざまに押しつぶされ、そのあと引き伸ばされて、星は長く細い流れになります。
ブラックホールに近かった側は、逃げ出すには少しだけ遅すぎ、ブラックホールにとらえられます。遠かった側は少しだけ速すぎ、二度と戻ってきません。この小さな違いが、そのあとのすべてを決めます。
コンピューターシミュレーションでは、星全体が数時間のうちにほどけていく様子が示されています。
ガスの川
数日のうちに、流れは地球と太陽の距離より長くなります。ブラックホールに近い、とらえられた半分は速度を落とし、やがて落ちてきます。もう半分は永遠に飛び去っていきます。
流れは細いままです。星の何千倍もの長さに伸びても、自分の重力が横から押さえているからです。ガスは広がるにつれて冷えるので、本物の流れは暗いものです。望遠鏡では見えませんが、シミュレーションはその様子を細かく追っています。
ガスがどう分かれるかは、それぞれの部分が持ち去ったエネルギーで決まります。星の中でブラックホールに近いところにあったものほど、強くとらえられます。いちばん強くとらえられたガスは、地球と太陽の距離の約46倍まで遠ざかってから引き返す軌道にあります。
破線の輪は、同じ縮尺で描いた地球の軌道です。
半分が飛び去る
逃げていくガスは、星の質量の半分を銀河へ運び出します。秒速数千kmで、何百万年ものあいだ星々のあいだを漂うでしょう。かつて太陽だった、細いガスの弧です。
とらえられたガスは、太陽をめぐる彗星のように、ブラックホールのまわりの細長い軌道にあります。ブラックホールにいちばん近かったガスの軌道がいちばん短く、最初に戻ってきます。残りは何か月、何年にもわたって、少しずつ減りながら戻ってきます。
破線の輪は、同じ縮尺の海王星の軌道です。流れはすぐに、私たちの惑星系全体の大きさをはるかに超えて広がります。
戻ってくる
ニュートンの重力では、軌道はひと回りすると元に閉じます。ブラックホールの近くでは閉じません。アインシュタインの理論によって、軌道はひと回りごとに少し先へ回りこみます。太陽をめぐる水星の軌道と同じですが、ここでは髪の毛ほどではなく、ひと回りで約23度も回ります。
そのため、ブラックホールを回ったばかりのガスは少し違う線に沿って再び外へ飛び出し、まだ落ちてくる流れに、地球と太陽の距離の約16倍のところでぶつかります。衝突はガスを熱して速さを奪い、ガスは少しずつ、ブラックホールをめぐる熱い渦巻く円盤に落ち着いていきます。
戻ってきたガスがどのようにして円盤になるのかは、天文学でも最大級のシミュレーションを使って、今も研究が続いています。
フレア
望遠鏡は、それまで静かだった銀河のまさに中心が突然明るくなる現象として、こうしたフレアをとらえます。2019年に2億1500万光年かなたの銀河で見つかったAT2019qizは、これまでで最も近いものです。ここでのフレアの明るさと温度はその実測値ですが、時間の経過は最も単純なモデルによるものです。
目に見える光は、ブラックホールをとりまく熱いガスの雲からやってきます。地球の軌道の何十倍もの幅があり、フレアによって吹き出され、内側から照らされています。その内側にある円盤そのものは、おもに紫外線とX線で輝きます。
ブラックホールの近くでは、その重力が円盤の光を曲げるので、円盤の奥の側が黒い影の上下に見えます。
消えていく
戻ってくるガスは日ごとに減り、グラフのようにフレアは暗くなっていきます。数年のうちにほとんど消え、ブラックホールは再び静かになります。
戻ってくるガスは、流れのエネルギーがどう分配されたかから導かれる形で減っていきます。その割合は、時間のマイナス3分の5乗のように下がります。多くのフレアの光はまさにそのように暗くなっていきます。これは、それらが本当に引き裂かれた星であることを示す、最もはっきりした証拠のひとつです。
星のおよそ半分が落ちてきます。その一部はのみこまれ、多くは熱によって再び吹き飛ばされます。ブラックホールが得るのは太陽1個分にも満たない質量で、100万倍も重いものにとっては、ほとんど変化になりません。
私たちの銀河のような銀河では、これはおよそ1万年から10万年に1度起こります。見張るべき銀河はとても多いので、サーベイ望遠鏡は今では毎年数十件を見つけていて、チリのベラ・C・ルービン天文台は数千件を見つけると期待されています。
この物語の天体
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